私の人生を変えた愛猫ジュジュについて

 私とジュジュは、2010年8月19日に転勤で暮らしていた長崎で出会いました。
散歩の途中で「フンギャァ~~」と大きな声でなく仔猫を見つけ抱き上げたけれど、「ごめんね、頑張って生きるんだよ・・・」とそっと地面に下ろしました。下半身がつぶれ、血がこびりつき、糞尿にまみれていたからです。
でも、その仔猫がどうしても気になり、翌日には保護に向かいましたが出会えませんでした。探しに探し、3日目にやっと見つけられ、動物病院に連れて行き、そのまま我家に迎えました。推定ですが、生後4か月仔猫でした。

 下半身に残ていたタイヤ痕から、車に轢かれたと思われます。骨盤は骨折、脊椎も損傷していて、下半身は完全に麻痺し、後ろ足で立つことも歩くことも、自分では排泄すら出来ませんでした。横隔膜も破れ、下半身の内臓が上半身に移動していて、レントゲンを見ると、肺の横に小腸が写っていました。肺の損傷も大きく、機能は4分の1しか残っていません。保護がもう少し遅れれば、排泄困難から、尿毒症になり、亡くなっていたと思います。

 保護した時の状況では、手術は難しく、人間の手で排泄をコントロールして、まずは体力をつけさせることから始めました。人間の手で、排泄をさせる「圧迫排尿・排便」の技を習得するのに時間はかかりましたが、獣医さんの厳しい指導で無事に「免許皆伝」になりました。

 圧迫排尿が出来る人が家に一人の場合、その人は長時間の外出が出来なくなります。ジュジュの場合、仔猫時代は1日に4回の排泄、成猫になり1日2回の排泄です。保護直後の私の外出は、最長で6時間になりました。この時から、私の外出したい気持ちが、一気に無くなりました。

「ジュジュ姫さま命」になり、
「行ってみたい場所」がなくなった瞬間です。

 仔猫の生命力は強いです。失った肺の機能は戻らないけれど、その状況に体が適応し、下半身麻痺でも元気に走りまわる猫に成長しました。上半身が鍛えられ、ちょっとした段差も乗り越えます。

保護直後の幼いジュジュ 保護して2か月目の幼いジュジュ 保護して3か月目の幼いジュジュ

ジュジュが走る動画

 元気に走り回るジュジュの動画が残ています。
下半身が麻痺していても、こんなにも元気に走れるんですよ。猫さま強いです。

猛獣ジュジュごんに成長

 弱々しく儚げだった仔猫も、気の強い悪巧みもできる猫に成長しました。
ジュジュの保護がきっかけになり、私は動物愛護の世界に足を踏み入れました。ジュジュを保護した場所には、ジュジュの家族が残っていましたが、再開発の計画があり、暮らしていた倉庫街は解体予定でした。倉庫街で営業をしていた居酒屋さんが、猫に餌をあげていましたが、立ち退きを迫られ、猫を置いて出て行きました。ジュジュの家族が嫌われないよう、これ以上に猫さんが増えないよう避妊・去勢手術をし、里親さま探しをして、ご縁に恵まれなかった3匹を我家に迎え、合計4にゃんずの生活にりました。
ハンディキャップがある猫と、そうでない健康な猫、一緒の空間で暮らせるのか不安もありましたが、それは杞憂に終わりました。猫は、ありのままを受け入れ、ハンディキャップを個性として、前向きに生きていました。人間が教えられる生活でした。

 ジュジュの排泄管理と動物愛護活動で、ますます旅行には縁遠くなり、観たい場所、行きたい場所は、すべて近場の動物愛護関係になり、「自分が行ってみたい場所」と聞かれると、本当に答えに困る生活になりました。『どこにも出かけたくないのが本心』って理解されにくいでしょうが、泊りで出かけることは今後の生活で一切ないと思い込んでいました。

ジュジュの20歳の誕生日を、本気で祝うつもりでした。

1歳になったジュジュ 悪い顔のジュジュ いたずらするジュジュ

ジュジュの旅立ちへ続く

助けられた本

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